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社会の底辺を這いずりながらいつか逆転を夢見る男のブログ。
ツール
プロフィール
HN:
彩木
年齢:
39
性別:
男性
誕生日:
1985/02/21
職業:
自由人
趣味:
エロゲ/サッカー/自作PC/読書
自己紹介:
駄目フリーター(二十歳)
公務員試験での一発逆転を狙いながら、フラフラと空中分解寸前の生活を続けている。高卒、前職は某地方公務員だったが、DQNな部署に飛ばされ熱意を失い自主退職。退職金+貯金で安アパートに一人暮らし、煙草と酒に依存し、ぐずぐずに腐りながらも、最近はようやく前向きになってきたかも。
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冬と弓と『狂気』と夜。
弓に操られながらも夜を乗り切るすべを手に入れる蒼弥。
そして、日常に忍び込む『狂気』



fulsome odors of shore routine



血を流し、夜を削りながら
蒼弥はどこか安堵していた、

そうだ、これだ、部屋の中で膝を抱えている瞬間には味わえぬ高揚感と殺意。

路地裏に身を潜め息を殺し獲物を待つこの沈黙。

体が疼く、本能が叫ぶ、

殺せ、殺せ、殺し尽くせと弓が鳴く。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


そうだ、あの夜から俺に欠けていたのはこれだったのだ、

死臭、死臭、死臭、

そして死を感じさせる弓に生き血を捧げながら潜む暗闇のなんと心地よいことか。

ああ、もうすぐ夜が明ける、

俺たちの時間が終わる。


終幕はすぐそこまで迫っている、

路地裏に伸びてくる朝日、

そして影。


「やあ、ご主人様の帰りが遅いから迎えに来たんだ。」




蒼弥は引きずられるように家に帰った、
暖かい朝食を取って初めてまだ自分が生きていることを実感した。


「・・・・ありがとう。」


心の底から出た言葉だった、
暗闇は心地がよかった、だが自分はまだ『人間』なのだ。

向かいに座ったソノラが癖なのかわずかに首を傾げながら微笑む、


「ご主人様のおかげでとっても静かな夜だったよ。」


「でも『巣』は見つからなかった。」


「見つかるのは時間の問題さ、ご主人様の嗅覚ならね。」


嗅覚?
ソノラは確信を持ってうなずき、いつものように首を傾けた。


「でもご主人様に人は殺せるのかな?」


「人・・・どうゆうことだい?」


「そうだね、原因があって結果が産まれる、元を断たなければ
 いつまでも続く、いたちごっこさ。」


「元を断つには、結局殺すしかない?」


「そうさ、一片の理性は残っているようだけどね、
 結界か契約か、まだ『彼ら』は一般人を襲ってはいない、
 それだっていつまで続くとも限らない、
 こんな場所で『化け物』を呼び出すような儀式を行っている人間だからね。」


楽しそうにソノラは言う、『ヒトヲコロセ』
嗚呼、何という甘美な響き、
だがそれと同時に雪村蒼弥は何を失うのだろうか。


「とりあえずシャワー浴びてきなよ、もうすぐ彼女が尋ねてくる時間になってしまう。」


「ああ。」


そうだ俺はまだ日が昇ってから活動する生物なのだ、
夜に蠢く魑魅魍魎を殺すために生きているわけじゃない。

血で赤く染まった左手を強く握りこむ、
そしてコックを捻り、
温水で血と血の匂いを洗い流す。


「制服、ここに置いておくからね。」


「・・・わかったよ。」


「ふふ、背中流してあげようか。」


「いや、すぐあがる。」


「そうだね、コーヒーを淹れておこう。」


ドアの向こう側のソノラの気配が薄れる、
もう一度顔にお湯をかぶってシャワーを止める。


「ふぅ・・・。」



「はい、コーヒー。」


制服を着込み、
居間に出てきた俺に手渡されるマグカップ。
漆黒のメイド服に身を包んでいるソノラ、


「・・・メイド服なんて持ってたっけ?」


「ようやく気がついたね、意図的に無視されてるのかと思ったよ。」


ソノラは誇らしげに手を腰に置くとクルリと一周、
首元に少し使われている白以外はすべて黒、
鋭く光る銀のブローチ、


「で、感想は? ご主人様。」


「え?」


「呆けた顔をされても困るよ、せっかく用意したんだから一言あってもよさそうじゃないかい?」


「えっと、よく似合ってるよ。」


「ふぅん、なんだか適当そのものな感想だけど一応納得しておくよ。」


「蒼くん~、蒼くん~。」


「ん、彩香じゃないか。」


「私も~、似合う~?」


制服でクルクル回りだす彩香、


「・・・似合う似合う。」


「うう~、ソノラさんの時は真面目に答えてたのに。」


「そういえばどうして家まで来たんだい彩香?」


「だって蒼くん昨日お休みだったし・・・。」


「ああ、心配して来てくれたのか、ありがとうな。」


「うん!」


「さてお二方、そろそろ出発したほうがいいと思うよ。」


一歩引いたところから、にやにやとこちらを窺っていたソノラが時計を見ながら声を掛ける。


「あ、本当だ。ソノラさんありがとう~。」


「いやいや、ご主人様を遅刻させてはメイドが廃るからね。」


「はぁ?」


「ふぇ~、ソノラさんメイドだったんだ~。」


にこにことメイド宣言をするソノラとつっこみもせず素で感心している彩香、
もうほっといて学園に行ってしまおうか、
この二人なら学校が終わるまで和気藹々とお茶会でも開いていそうだし。


「ご主人様それは感心しないね、女心が分かってないよ。」


一人で納得しながらいつもどうり首を傾けるソノラ。


「ソノラさんどうしたの~?」


「ご主人様は意外と鈍かったのかも・・・と推測していたところでね。」


「もうその話はやめてくれ、それよりそろそろ時間が限界じゃないのか?」


「そうだよ蒼くん、急がないとね。」


ようやく玄関にたどり着いた。
履き慣れたスニーカーに足を入れる。

                              「・・・気をつけなよ、ご主人サマ。」


「ソノラ、今なんて?」


「いや、なかなかに鈍いご主人様を思いやってのメイドの呟きだよ。」


「何だよ、適当なこと言って誤魔化してるだろ。」


「ああ、悲しいな。ご主人様はソノラを疑うんだね。」


「はぁ、わかったよ行って来る。」


「う~、ほらほら蒼くん。急いで急いで。」


なぜか不満そうにばたばたと手を上下に振りまくる彩香。


「わかってる、早歩きくらいのペースで行けば楽勝だろ。」


「朝から並んで早歩き・・・面白いね。」


「あああ、余計な事は言わなくていいんだよソノラ。」


「朝から二人で並んで・・・。」


「ああ~、どうすんだよ絶対眼ぇ覚まさないんだぞコレ。」


「ふふふ、ソノラに名案があるんだよご主人様。」


ちょいちょいと彩香の前で手招きするソノラ、
何も考えず身を乗り出す蒼弥。


「ちゅ。」


蒼弥の唇に熱っぽく艶々としたソノラの唇が重なる。


「ああ~~!!!」


固まってしまっている蒼弥の唇の上をソノラの舌が踊る。


「ペロペロ、やっぱりご主人様は美味♪」


「蒼くん!」


「は! 何やってんだソノラ。」


「ん~、親愛表現♪」


「いやいや、目的変わってる変わってる。」


「ぷん! もう蒼くん何かしらないんだから~~~~。」


家を飛び出す彩香、
久しく見なかった全力ダッシュである。

当然前なんか見ていない、

彩香が走れば人に衝突する、

テクテクと歩いていた少年は悲劇である、
彼も前を見ていなかったらしくお互いに尻餅をつくような形で転んでいる。


「痛たた・・・。」


「あう~、すいません大丈夫ですかぁ~。」


「彩香、大丈夫だったか!」


「ん、私は平気だよ。」


「僕も平気です。すいませんぼーとしていたの・・・。」


黒髪黒服の少年は彩香を見て言葉を詰まらせた、
その瞳に映るものは、悲しみか喜びか。


「えっと、すいませんが名前教えて貰えませんか?」


「俺は雪村蒼弥、君と衝突したのは藤崎彩香。」


「なんで蒼くんが答えるの~?」


「責任の発端は俺にあるからな、治療費とか出すなら俺だろ?」


「大丈夫です。教えてくれてありがとうございました。」


「あぅ~、蒼くん時計見て時計~。」


「む、かなりヤバイな走らなきゃ間に合わないぞ。」


もう一度その少年に大丈夫なのか確認を取ったあと、
俺たちは学園にむかって走り出した。





                          「やっと、見つけた・・・・・・・綾。」



チャイムはとうの昔に鳴っている。
ならばなぜ我々は走るのか、
それは信じているからだ、
あの担任はまだ教室に現れていないと。



「蒼くん~、私もう疲れちゃったよ~。」


「もう学校見えてるんだから何も言わずに走れ!」



教室の扉を無言で開ける。


「ほら、やっぱり来てなかっただろ彩香。」


「よう、蒼弥。一つ聞いていいか?」


「朝からどうした裕太?」


「美人であんにょいな感じのおねえさんを飼い始めたって本当なのか~~~~~~~~~~!!!」


いきなり叫びだす裕太。


「うわ、なんだその根も葉もない噂は! 誰だそんなこと言い出したのは?」


「はい、私。」


「倉本かよ!」


「ソノラさんの件の言い逃れちゃんと出来るんでしょうね?」


「・・・えっと、その、遠い親戚、そう親戚ナンダッテ。」



誰の眼から見ても挙動不審、
その目線は明らかにうろうろと彷徨っている。



「おお~と、雪村選手、苦しい言い訳を持ち出したぁぁぁ~~。」


「・・・・・・・・・」


気が付けば倉本が目の前に居た。


「どしぃ。」


「ぐは!」


「ノーモーションからのボディーブロ~、効いている、雪村が崩れ落ちました。」


「3」


「2」


「1」


「雪村立てない、ここで試合に決着がついたぁぁ~、そして噂は真実っぽい、
 どうするクラスの男子諸君。」


悪乗りした裕太はどこからか持ってきたマイクを手に絶叫する。



「「「「「「「「「「      抹殺。     」」」」」」」」」」」


「満場一致っで抹殺が決定されたぁぁ~。」


「はいはい、逆恨みはモテないぞ、席に着け男子一同。」


いつの間にか教室に現れた河上先生。


「「「「「「「「「「 わかりました先生。   」」」」」」」」」」」


「それからそこに転がってる雪村を誰か保健室に放り込んどけ、以上。」


それだけ言うと茶髪と丈の長めのスーツを翻して教室を去った。


「ふ~蒼くんのお家って、学校から遠い~。」


「ん、今なんか言わなかった藤崎さん?」


「何でもないよ倉本ちゃん。」


「ふ~ん。」


                              「ほら、大丈夫か蒼弥。」


                              「裕太、俺はもう駄目だ。」


                              「弱音を吐くな、師匠が悲しむ。」
 
                             
                              「師匠って誰だよ・・・」  



裕太の肩を借りて保健室に辿り着き、真っ白に燃え尽きる蒼弥、
彼は疲れていた、
そのまま泥のように眠り込み昼まで起きなかった。   



「あ、ご主人様ったらお弁当忘れて行ったんだね、お昼になったら届けにいかなきゃ。」



そして無常にも昼時を告げる鐘が鳴る。

ソノラ来襲。         







「ちょっとそこ行くお嬢さん、雪村蒼弥の教室を教えてくれないかい?」


「えっと、私ですか?」      (うわ~、綺麗な人~、細い~。) 


呼び止めたのはソノラ、
呼び止められたのは麻理奈、
自主的に昼練を行う彼女はちょうど校門にいたのだった。


「先輩の教室は2-Bです。何かご用事ですか? 」


「どうも彼はそそっかしくてね、お弁当を忘れていったので届けにきたんだよ」


「はぁ、お弁当ですか・・・。」     (え、それってまさか・・・)   


「ありがとう親切なお嬢さん、私はこれで。」 


ソノラは恭しく一礼すると颯爽と校舎の中に入っていった、
後には冬の風に吹かれたまま硬直する麻理奈だけが残った。



悠々と校舎内を闊歩するソノラ、


「2-B、2-B、階段を上がってすぐだね~♪」


ちゃくちゃくと危機は接近している。



2-B


「う~、う~。」


「蒼弥、昼飯がないのはわかった、そう唸るな。」


不機嫌そうに机に体を投げ出していた蒼弥。


「腹が痛い、飯とか思い出させるな、なんだか腹に響く。」


隣でもしゃもしゃとピザまんを貪っている裕太。


「お前それどこで買ってきたんだよ。」


「朝、コンビニで衝動買いした、冷めてていい感じだぞ。」


裕太が食べかけのピザまんを差し出す、


「・・・いらない。」


「そうか。無理に食えとは言わん。」


やる気なさげに残りを食べ始める裕太、


「そんなご主人様にお弁当。」


蒼弥の頭に弁当の包みを乗せるソノラ。
教室中がざわめいている、
                             
                              「あれが噂の雪村の恋人か?」 
                                
                              「朝は飼ってるとか言ってたよな。」

                              「・・・・・・・」
 
                              「今日から奴はエロキングだ。」
                                
                              「インモラル雪村。」



納得できない陰口はとりあえずスルーだ。

                               
「そ、ソノラ、何で?」


「頭の上の物を玄関に忘れていったんじゃないか、気が付かなかったのかい?」


次第に増える見物人、
隣のクラスにも話は広がっているのだろうか、
その増加ペースは異常とも言えた。


                              「インモラルキング蒼弥。」

                              「雪村蒼弥許すまじ・・・」

                              「蒼弥くんがそんな人だったなんて。」




「そうか、とりあえずありがとう、じゃあ用事は済んだんだし・・・」


「ああ、ご主人様に邪険にされた、とっても悲しいよ。」



                              「うわ、ご主人様だって。」

                              「雪村が呼ばせてんだってよ。」

                              「私もう男の人なんて信じない・・・」



・・・クラスメートB、後で殴り倒す。


                              「俺だけかよ!」


    
「そうだな、せっかく来たんだしどっかで一緒に食べようか。」


一刻も早くこの場を去らないとな、


「屋上行こう、屋上。」


目線で合図を送ろうとしたら裕太は呆けていた、
かぶりついた二個目のピザまんもそのままに固まっていた。


「ちっ、」


「ほらほら、どけどけ。」 


廊下に集まりだした野郎どもを蹴散らしながら進む、
ぴったり後ろにはソノラが付き従っている。


「美人だ・・・。」


裕太のつぶやきは群集のざわめきにかき消された。




「あああ、絶対あとで倉本に殴られる・・・」


「ふむ、ご主人様をぽんぽん殴られても困る、あとで教育しようかな?」


「却下。」


「ご主人様がそう言うなら我慢するよ。」



箸を取り、卵焼きを蒼弥の口元に運ぶソノラ。


「はい、あーん。」


「え~と、普通に食べたいん・・「彩香嬢に教えてもらったんだよ♪」・・・」


「・・・・・・・・・・」


わかりました、美味しく頂きましょう、
ですからその無言のプレッシャーは勘弁してください。


「何かがこの学校には蠢いているね、そろそろ『孵化』も始まりそうだよ。」


立ち上がり校庭を見つめながらソノラは言う、


「あなたは感じないのかい? この濃密な臭気、ぬるぬるとした不快な匂いと質感、
 暖かい血の流れる音が。」


それは幻覚か幻想か、

急な吐き気と眩暈を感じた、

まるで血の海に投げ落とされたような急激な感覚の変化、

ここはまるで『何か』の胎内、

産み落とされる前の強大な存在、

死すべきものから発生する生、

矛盾限界点。


「そうか、ここだったのか・・・」


「まさにここだね、そしてもう魔方陣を削り取って終わるような段階じゃない。」


「・・・殺すさ。」


「ご主人様かっこいい♪」


予鈴が辺りに鳴り響く、


「ああ、もうお終いか、もっとご主人様と話したかった。」


「別に家ならいつでも話せるだろ。」


「わかってないなぁ、・・・とりあえずソノラは帰るよ。」


腰に手を当てたまま、つかつかと校庭と反対側のフェンスまで歩いたソノラは

そのまま一歩も踏み切らずに、ふわりとフェンスを乗り越えた。


蒼弥はソノラが落ちているはずの場所を覗き込んだ、

そこには足跡すら付いてはいない。


「ああ、弁当ありがとう。」


それだけ言うと蒼弥は屋上を降りて教室に向かった。



5時間目

無言のプレッシャーとの戦いだったと言っていい、
彩香と倉本から発せられる殺気は恐ろしいものだった。
休み時間に弁明をさせられたが何とか解決したと思う。



6時間目、

赤い窓ガラス。

鼓動。

まだ夕焼けには早い、この景色に気が付いているのはおそらく俺だけだろう、
ソノラが言っていたことに偽りはない、確かに何かかがこの学園内に蠢き始めているのだ。


気が付けばチャイムが鳴っていた、


「蒼弥~、今日は部活出てもらうからね、もうすぐ地区予選の選考会だって始まるんだから。」


「・・・ああ。」


「ん、ほんとに聞いてる? 私の言ったこと言ってみなさい、一言一句間違わずに。」


「悪かった、しっかり聞くから拳を下ろしてくれ。」


「今日、サボったら殴る。」


「了解致しました。」


倉本の小言を聞くよりは道場で射込みをしたほうが有意義だろう。

蒼弥は駆け足でロッカーに向かった、
倉本が怖かったわけではない、
赤い夕焼けのせいでもない、
恐ろしいのはこの衝動だ。
ちりちりと喉を焼く焦燥感、『狩り』を求めるココロ。


そして狩人は夜を待つ、ただ衝動の赴くままに。




「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」


少年は夜の校舎を逃げる。
 
――――――――――――――ソレは突然現れた。


本来、敵対する者を寄せ付けすらしないはずの結界はいつの間にか破られていた、
対魔、対物を基本に置く護身結界すら貫くあの『漆黒の矢』はいったい何だと言うのか。


「はぁ、まだ、死ぬわけには、いかないんだ!」


姿は見えない。

ただの暗闇から次々に『矢』は襲い掛かってくる、

足音すら聞こえない。

もしこれが夢であればと少年は幻想する、

ただ恐ろしい。

立ち止まればその瞬間に逃れ得ぬ『死』、

少年を掠めた『矢』が窓硝子を抜け机を貫き床に着弾する、

細く円形にくりぬかれた矢道がその威力を物語る。


「…綾、もうすぐ、もうすぐ君にもう一度会えるんだ。」


魔術師は逃げる、己の希望の灯火を抱き。













「・・・・・・・・・・・。」


雪村蒼弥は二百八十七本目の矢を番えていた。

赤い血が滴る黒弓はその真の姿を晒し、

弓の持つ全ての『目』がきょろきょろと標的を探している。

校舎に向けて水平に打ち出したはずの『矢』はまるでそれ自体が意思を持っているように

その軌道を動物的に曲げ、校舎の窓の僅かな隙間から音もなく魔術師に忍び寄る、

二十四本目の矢がかわされ右斜め上の『目』の一つが瞬きをした。















「っぐ!」


右足を掠めた矢によってバランスを崩した魔術師は転がるように廊下を曲がった。

だが、

その一瞬の静止が『矢』に与えた時間的猶予はあまりにも大きかった、

彼の左手を捉えた『矢』は容易に彼の体を浮かし、

その体を壁に貼り付けにした。


「うぁ!」


次々と殺到する『矢』を回避する手段は既になく、

そして彼は決して避けられぬ運命を享受する。



 右手。

    右足。 

       左足。
 


縫い付けられていく手足。







痛みは無かった、ただ…    


「やっぱり僕には君に再び会うことは出来ないのかな…。 」


魔術師はただ妄信的に祈っていた、


「え? …そこに居たのかい綾。僕はずいぶん遠回りをしてたみたいだ。」


そして得た答えは誰にも穢される事はなく、


「愛してる…。」 


微笑みと共に魔術師は停止した。    



















かつかつと革靴が歩を進める音が響く、

雪村蒼弥は己が犯した大罪の原点の見据え、

膝立ちになった。

からり、と弓が落ちる音。



ソレは祈りか、両手は頭を掴み小さく震えている。

役目を果たした弓は体内に残った血液をゆっくりと吐き出し、

小さな小さな血溜まりを作る…

ソレは手向けの花に似ていた。























無言で家に戻った蒼弥をソノラは一杯のコーヒーと出迎えた、

そして彼が気絶する様に眠りに付くまで決して傍を離れなかった。

























持ち主の居なくなった魔法陣の上でくるくると少女は踊っていた。

あまりに美しく広がる髪は魔性の粋を集めたよう、

全てが完結したその空間の中で、

彼女の紅い瞳だけが輝きを放ち続けていた。








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人語を解する猫ソノラとの出会い。
そして狂気は現実となり、
蒼弥は弓を手にした。



draw the bow imperceptibly slowly



ぬちゃりとした感触と鉄の匂いで蒼弥は目を覚ました、

目の前に広がる赤、

急に現実味を帯びる世界、

ベットを飛び出し廊下への扉を開ける。


「・・・嘘だろ?」


扉の向かい側の壁を中心に広がる緑色の液体、
そして壁に残る矢傷。


「全部夢じゃなかったのかよ、性質の悪い悪夢以外のなんだって言うんだよ!」


夜の続く限り『異形』を射殺し続ける夢、

それがもし現実であったとするなら?


「おはようご主人様、ずいぶん遅い目覚めだったね。」


魔的に整った顔立ち、
真っ白いワイシャツ、
すらりと伸びた足、
そしてその口調。


「・・・もしかしてソノラ?」


「正解、ご主人様はなかなか勘が鋭いみたいだね。」


彼女は満足げに頷くと、
くるりと身を翻して居間に入っていった。

俺は一瞬呆けてしまった、

彼女のその仕草はあまりにも自然だったからだ。


「・・・人になってる。」


はっと気を取り直す。
いつまでも廊下で佇んでいるのもなんなので、
居間に向かう、
時計を見れば既に12時だ。


「今日はサボるか・・・ん?」


そういえば彩香が来ていないし、
学園からの電話を捌いた記憶もない。


「ああ、言い忘れていた、可憐な子女が一人訪ねてきていたよ。」


顔色から察したのかソノラが答える。
思い出し笑いか少し楽しそうな声色で、


「眠ったばかりのご主人様を起こすのも忍びなくてね、
 昨晩遅かったと説明したら泣きながら走っていってしまったよ。」


「・・・まずい。」


100%誤解している、
そして泣きながら倉本に言いつけたに違いない、
何か現状を理論的に説明できる手段を見つけないと倉本に殺される・・・


「まぁ落ち着いてご主人様、コーヒーを淹れたから。」


頭を抱えた俺に
静かに差し出される、
お気に入りのカップに注がれたブラックコーヒー。


「ああ、ありがとう。」


コーヒーを一口、
急に迷い込んだ非日常から、
日常の味が滲み出して俺を冷静にさせた。
知っておきたいことはたくさんある。


「いろいろ聞きたいことがあるんだけどいいかいソノラ?」


「ん、ご主人様少し待ってくれないかい?もうすぐパンケーキが焼きあがるからさ。」


「・・・わかった、別に急いでもいないし。」


なんだかペースが掴めないなぁ、
ソノラはまるで自分の家のように台所を動き回っている、
ワイシャツ一枚で屈んだりするのはもう少し気をつけて欲しいけれども、
その淀みのない動きからは経験が感じられる気がした。



「うん、美味しいよ。」


たっぷり蜂蜜をのせたパンケーキは舌に残る甘味が心地いい、
すっかりブランチになってしまったけれど、
いつもはトーストで済ませているせいかひどく豪華に感じる。


「ご主人様に気に入ってもらえてよかった。」


テーブルの向こうでパンケーキをつつきながら、
にっこりと微笑む彼女を見ていると、
あの夜の恐ろしさを忘れてしまいそうになる、
でも俺は真実を知っておきたかった。


「教えてくれないかソノラ、あの夜の『化け物』たちは何なのか?」


ことりとフォークを落とし、蒼弥の瞳を覗き込むソノラ、


「異層の住人、この世ともあの世とも違う世界を蠢く魑魅魍魎、
 ご主人様の感覚で言う『本当の化け物』で間違いないよ。」
 

悪夢は現実だった、
何より彼女自身の『存在』がそのことを証明していた。


「あれだけ殺しておいて知らない振りは無いんじゃないかいご主人様、
 夜が明けるまでに射殺された『異形』の数はその存在と同数だった、
 つまりご主人様は昨日現れていたすべての『化け物』を殺したんだ。」


にっこりと微笑みながら彼女は言う。


あの記憶が真実であったと、

あの百鬼夜行の夜、

それを狩り尽くした弓とそれを引く者の存在を、

周りを埋め尽くす赤、赤、赤。

そして異形に突き刺さる漆黒の矢、

あれを引いていたのは確かに自分だった、

そうだ、雪村蒼弥は確かに『異形』を殺し尽くしたのだ、

ぐずぐずと手のひらから血を吸い続ける黒弓によって。



「ぐっ・・・。」


突然の眩暈、
突発的な頭痛、
強烈な吐き気。

それらを堪え、一番『聞かなければならない』質問をする。


「ソノラ、君はいったい何者なんだ?」


悪戯っぽく微笑むソノラ。


「そうだね、今はご主人様の飼い猫かな、昔のことは忘れたよ。」


やわらかく首を傾けながらソノラは、


「シャワーでも浴びてくるといいよご主人様、これから掃除をしなくちゃいけなくてね。」


「わかった、シャワー浴びてくる。」


考えなきゃいけないことは山ほどある、
でも今はまず一息付きたかった。





服を脱ごうとしたとき左手の手のひらが目に止まった、
そこには一本の『切れ目』が出来ていた、
そこに何が潜んでいるのかは本能的に悟った、
必要なとき以外『触れてはいけないモノ』だ。



「・・・・・・・・。」



シャワーのコックを捻る、
温めに調整した湯が頭の上から降り注ぐ、
全身に染み付いた血の匂いが少しずつ薄らいでいく気がする。



普段だったら六時間目を受けながら
うつらうつらと眠りの世界に旅立つ時間帯だ、
そして今、俺は夜に殺した『異形』と自分の血を洗い流している。


「・・つっ・・・・・。」


その現実に負けそうになりシャワーを受けながら膝を付く、
もう帰ってこない日常を思い少しだけ声を殺して泣いた、
それが俺と今までの日常との決別式だった。






「ふぅ、すっかり長湯になってしまった。」


シャワーを浴びて長湯と言えるのかは謎だが
そんなことはどうでもいい。


着替えを持ってくるのを忘れていた、
とりあえず腰にタオルを巻いて自分の部屋に向かおう。


「あ。」


「ん?」


廊下でばったりソノラと遭遇した。
道を譲らず仁王立ちしたままこちらの上から下までを吟味するように眺めるソノラ、


「どうしたんだよソノラ?」


「いや、また一つ言うのを忘れていたことがあってね。」


舌なめずりをしながら、
ゆっくりとこちらに近寄ってくるソノラ、


「この姿になるのは意外と力を使うのでね、できれば一日に一回は補充したいんだ。」


その視線は俺の首元に集中している、


「ご主人様だって、愛猫にはかわいい姿でいて欲しいだろう?」


「つまり、噛んで・・・吸う?」


こっくり頷いてソノラは飛び掛ってきた、
そのままの勢いで後ろに倒れる俺とソノラ、


「ちょっと待て!、別に首を噛まなくたっていいだろう、腕とかさ。」


「ん~、痛くしないしすぐ終わるから我慢してよご主人サマ~♪」


あ~ん、と口を空けるソノラ、犬歯が微妙に痛そうだ、


「ええい、人の話を聞け~!」


力の限りを尽くし体勢を入れ替える、
まるでソノラを組み敷いているような姿勢になった。
奇妙な沈黙が二人の間に・・・


「ん、ご主人様は積極的だね、まさか一日目から食べられちゃうとは思わなかったよ。」


「な、なにを言って・・・。」


「ん~♪」


一瞬チラッと上目遣いで俺を見た後、
目を閉じてキスをせがむ、
その扇情的な仕草に俺は・・・











その瞬間、勢いよく開く家の扉。


彩香と倉本が目を見開いているのがわかる、
分かっているとも、
ちょっとでもソノラにクラクラした俺が悪かったのさ、
目にも止まらぬ速度で繰り出された倉本のボディーブローを
喰らいながら俺はそんなことを思い意識を失った。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーそこは暗い図書館の片隅だった


周囲の雑音に耳を傾けながら、
幾度となく読んだ古ぼけた魔道書を読み返す瞬間が好きだった、
薄暗い研究室には自分以外の人の匂いがしない、
そんな孤独から逃避するためによくその図書館を訪れていた。


生まれたときから孤独だった、
魔術師の子供として生を受けた自分もまた魔術師だった、
親の研究を引き継ぎただただ暗闇で過ごす永遠に等しい生、
魔術師が子供を生むのは自分が研究することに疲れたときだ、
子供が一人立ちできると判断すれば苦痛のない方法で自殺する、
だから父は常に生気のない瞳をしていた、
そして僕はそんな瞳を見て育った。


だから僕は孤独だった、
魔術書の海に沈みながら心は常に虚無だった、
ほとんど言葉を発したことが無かった、
誰かに僕が生きていることを認めて欲しかった。


「あの、なんの本を読んでるんですか?」


そんなときだ、
彼女と出合ったのは。
そして僕を孤独から救ってくれたんだ、


『綾・・・』


「彩っ・・・。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「やあ、ようやくお目覚めかいご主人様。」


マイペースなソノラ。


「軽く殴っただけのに気絶するなんて蒼弥の鍛え方が足りないのよ。」


まだ殴り足りないらしい倉本。


「蒼くん私のこと呼んだ~?」


いつもどうりの彩香。



俺はもう少し狸寝入りでもしていたほうがよかったのだろうか?
まったく状況が掴めない、
寝ていたソファに座りなおしソノラに問う、


「ソノラ、俺は何で寝てたの?」


「ふふ、そこの逞しいほうの子女のボディーブローで寝ていたんだよ。」


「な、何よ逞しい方って!他に言い方があるでしょう、気にしてるのにぃ~!!」


「蒼くん蒼くん大丈夫、どこか痛いところない?」


「ん~、腹が底の方から響くように痛むよ、しばらく動けない。」


「どうせ筋トレ、サボってたんでしょう。殴った感じで分かるわ。」


あなたは中国拳法の達人か何かですか倉本さん。


「さて、そろそろ夜も更けてきたし、お二人にはご帰宅願おうかな。」


「えっと、蒼くん聞いていいかな?」


「なんだ、だいたい質問は予想できるけど。」


「「この人誰?」」


綺麗にハモった質問は予想どうりだ、
どうする?
これ以上倉本に殴られるのは御免だが、
二人を納得させられるほどうまい嘘が思いつかない。


「えっと、そのだな・・・。」


「「ふんふん。」」


「ソノラは昨日からご主人様に飼われているのさ、お二方。」


「「・・・・・・・・・・・・・・。」」


ああ、まずいやばい危険逃げろ何処にニゲロニゲロニゲロ・・・。


「さて、疑問も解決したことだし遅くならないうちに帰ったほうがいい、最近は物騒だからね。」


たしかにそろそろ日が暮れて『夜』の時間がやってくる、
どこからともなく『声』が聞こえ出し、
『異形』が踊る夜が・・・。


「二人とも、そろそろ帰ったほうがいい、詳しいことは明日学校で説明するからさ。」


「蒼くん、でも・・・。」


「いいから、早くするんだ!」


「う、う、ひっく。」


「なによ、急に怒鳴ることないでしょう蒼弥。」


「ああ、御免な別に怒った訳じゃないんだ、まだ明るいうちに帰ったほうがいいと思ってさ。」


「それにしたって少し変よ蒼弥、さっきからそわそわして落ち着きがないし。」


「ん、そうかな、寝起きだから調子が悪いだけだよ。」


「まぁいいわ、じゃあ納得できないけど帰りますか藤崎さん、いつまでもぐずってないで。」


「うう~、だって蒼くんが~、くすん。」


「悪かったよ彩香、また明日迎えに来てくれな。」


「うん、わかったよ蒼くん。ぐす」


二人して不満顔だったけれど完全な日没の前に二人を家に帰せた利点は大きい、
これから俺が遭遇するであろう狂気と殺戮のことは彼女たちには知って欲しくない。


さっきから左手が疼いている、
『左手の中に潜んでいるナニカ』が獲物を求めて躍動を始めている。


「それなりの覚悟はできてるってことかいご主人様。」


「この弓を握った瞬間から後戻りは出来ないって気が付いていたさ、
 だからあいつらと徹底的に戦ってやろうと思ったんだ。」


「ん~、ご主人様は前提を間違えてるね、
 ご主人様の言う『化け物』はそれこそ無限に沸いてくる、
 だからどうやって『巣』を見つけるかが問題なんだよ?」


「『巣』を破壊すれば『異形』は沸いてこないのか?」


「だいたいは、そんな感じの仕組みで動いてるのが多いかな。」


この『音』を消す方法がこんなに簡単に見つかるなんて思ってもみなかった・・・


「おそらく何らかの魔法、術式、儀式によって副産物的に生み出されている、
 あまりにも魔的濃度の薄い『屑』ばかりだからね。」


「そうか、その魔法陣みたいなのを探せばいいんだな?」


「ん、分かりやすく言えばそうなるね。」


その瞬間に響いてくる遠吠え、

『夜』の始まりだ。




寒さはまるで感じなかった、

まるで自分の体が別物のように滑らかに力強く動く、

物陰に潜み、標的とした『異形』に悟られる時を与えず初撃で殺す、

のそのそと歩く熊のような『異形』は額を打ち抜いて、

奇形の人形は全身に矢を浴びて針鼠のようになった、

一歩で家の上に飛び上がり見える範囲のすべての『異形』に矢を放つ、

次々と動かなくなる『異形』、

ああ、今の自分の心に浮かぶのは歓喜か狂気か殺意か恐れか、

おそらくそのどれでもない、

弓に命じられるまま敵を貫くただの人形だ、

それは同時に『俺が望んだこと』でもあった。

夜の闇を音もなく弓と人形が走る、

ただ聞こえるのは、

断末魔の叫びと弓が鳴く音のみ。



「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・。」



ぽたぽたと真っ白い雪の上に流れ落ちる血液、

暗闇と沈黙、

また現れ始める『異形』、

黒猫の鳴き声が聞こえた気がした。
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