忍者ブログ
MASTER →  ADMIN / NEW ENTRY / COMMENT
社会の底辺を這いずりながらいつか逆転を夢見る男のブログ。
ツール
プロフィール
HN:
彩木
年齢:
39
性別:
男性
誕生日:
1985/02/21
職業:
自由人
趣味:
エロゲ/サッカー/自作PC/読書
自己紹介:
駄目フリーター(二十歳)
公務員試験での一発逆転を狙いながら、フラフラと空中分解寸前の生活を続けている。高卒、前職は某地方公務員だったが、DQNな部署に飛ばされ熱意を失い自主退職。退職金+貯金で安アパートに一人暮らし、煙草と酒に依存し、ぐずぐずに腐りながらも、最近はようやく前向きになってきたかも。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

冬と弓と『狂気』と夜。
弓に操られながらも夜を乗り切るすべを手に入れる蒼弥。
そして、日常に忍び込む『狂気』



fulsome odors of shore routine



血を流し、夜を削りながら
蒼弥はどこか安堵していた、

そうだ、これだ、部屋の中で膝を抱えている瞬間には味わえぬ高揚感と殺意。

路地裏に身を潜め息を殺し獲物を待つこの沈黙。

体が疼く、本能が叫ぶ、

殺せ、殺せ、殺し尽くせと弓が鳴く。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


そうだ、あの夜から俺に欠けていたのはこれだったのだ、

死臭、死臭、死臭、

そして死を感じさせる弓に生き血を捧げながら潜む暗闇のなんと心地よいことか。

ああ、もうすぐ夜が明ける、

俺たちの時間が終わる。


終幕はすぐそこまで迫っている、

路地裏に伸びてくる朝日、

そして影。


「やあ、ご主人様の帰りが遅いから迎えに来たんだ。」




蒼弥は引きずられるように家に帰った、
暖かい朝食を取って初めてまだ自分が生きていることを実感した。


「・・・・ありがとう。」


心の底から出た言葉だった、
暗闇は心地がよかった、だが自分はまだ『人間』なのだ。

向かいに座ったソノラが癖なのかわずかに首を傾げながら微笑む、


「ご主人様のおかげでとっても静かな夜だったよ。」


「でも『巣』は見つからなかった。」


「見つかるのは時間の問題さ、ご主人様の嗅覚ならね。」


嗅覚?
ソノラは確信を持ってうなずき、いつものように首を傾けた。


「でもご主人様に人は殺せるのかな?」


「人・・・どうゆうことだい?」


「そうだね、原因があって結果が産まれる、元を断たなければ
 いつまでも続く、いたちごっこさ。」


「元を断つには、結局殺すしかない?」


「そうさ、一片の理性は残っているようだけどね、
 結界か契約か、まだ『彼ら』は一般人を襲ってはいない、
 それだっていつまで続くとも限らない、
 こんな場所で『化け物』を呼び出すような儀式を行っている人間だからね。」


楽しそうにソノラは言う、『ヒトヲコロセ』
嗚呼、何という甘美な響き、
だがそれと同時に雪村蒼弥は何を失うのだろうか。


「とりあえずシャワー浴びてきなよ、もうすぐ彼女が尋ねてくる時間になってしまう。」


「ああ。」


そうだ俺はまだ日が昇ってから活動する生物なのだ、
夜に蠢く魑魅魍魎を殺すために生きているわけじゃない。

血で赤く染まった左手を強く握りこむ、
そしてコックを捻り、
温水で血と血の匂いを洗い流す。


「制服、ここに置いておくからね。」


「・・・わかったよ。」


「ふふ、背中流してあげようか。」


「いや、すぐあがる。」


「そうだね、コーヒーを淹れておこう。」


ドアの向こう側のソノラの気配が薄れる、
もう一度顔にお湯をかぶってシャワーを止める。


「ふぅ・・・。」



「はい、コーヒー。」


制服を着込み、
居間に出てきた俺に手渡されるマグカップ。
漆黒のメイド服に身を包んでいるソノラ、


「・・・メイド服なんて持ってたっけ?」


「ようやく気がついたね、意図的に無視されてるのかと思ったよ。」


ソノラは誇らしげに手を腰に置くとクルリと一周、
首元に少し使われている白以外はすべて黒、
鋭く光る銀のブローチ、


「で、感想は? ご主人様。」


「え?」


「呆けた顔をされても困るよ、せっかく用意したんだから一言あってもよさそうじゃないかい?」


「えっと、よく似合ってるよ。」


「ふぅん、なんだか適当そのものな感想だけど一応納得しておくよ。」


「蒼くん~、蒼くん~。」


「ん、彩香じゃないか。」


「私も~、似合う~?」


制服でクルクル回りだす彩香、


「・・・似合う似合う。」


「うう~、ソノラさんの時は真面目に答えてたのに。」


「そういえばどうして家まで来たんだい彩香?」


「だって蒼くん昨日お休みだったし・・・。」


「ああ、心配して来てくれたのか、ありがとうな。」


「うん!」


「さてお二方、そろそろ出発したほうがいいと思うよ。」


一歩引いたところから、にやにやとこちらを窺っていたソノラが時計を見ながら声を掛ける。


「あ、本当だ。ソノラさんありがとう~。」


「いやいや、ご主人様を遅刻させてはメイドが廃るからね。」


「はぁ?」


「ふぇ~、ソノラさんメイドだったんだ~。」


にこにことメイド宣言をするソノラとつっこみもせず素で感心している彩香、
もうほっといて学園に行ってしまおうか、
この二人なら学校が終わるまで和気藹々とお茶会でも開いていそうだし。


「ご主人様それは感心しないね、女心が分かってないよ。」


一人で納得しながらいつもどうり首を傾けるソノラ。


「ソノラさんどうしたの~?」


「ご主人様は意外と鈍かったのかも・・・と推測していたところでね。」


「もうその話はやめてくれ、それよりそろそろ時間が限界じゃないのか?」


「そうだよ蒼くん、急がないとね。」


ようやく玄関にたどり着いた。
履き慣れたスニーカーに足を入れる。

                              「・・・気をつけなよ、ご主人サマ。」


「ソノラ、今なんて?」


「いや、なかなかに鈍いご主人様を思いやってのメイドの呟きだよ。」


「何だよ、適当なこと言って誤魔化してるだろ。」


「ああ、悲しいな。ご主人様はソノラを疑うんだね。」


「はぁ、わかったよ行って来る。」


「う~、ほらほら蒼くん。急いで急いで。」


なぜか不満そうにばたばたと手を上下に振りまくる彩香。


「わかってる、早歩きくらいのペースで行けば楽勝だろ。」


「朝から並んで早歩き・・・面白いね。」


「あああ、余計な事は言わなくていいんだよソノラ。」


「朝から二人で並んで・・・。」


「ああ~、どうすんだよ絶対眼ぇ覚まさないんだぞコレ。」


「ふふふ、ソノラに名案があるんだよご主人様。」


ちょいちょいと彩香の前で手招きするソノラ、
何も考えず身を乗り出す蒼弥。


「ちゅ。」


蒼弥の唇に熱っぽく艶々としたソノラの唇が重なる。


「ああ~~!!!」


固まってしまっている蒼弥の唇の上をソノラの舌が踊る。


「ペロペロ、やっぱりご主人様は美味♪」


「蒼くん!」


「は! 何やってんだソノラ。」


「ん~、親愛表現♪」


「いやいや、目的変わってる変わってる。」


「ぷん! もう蒼くん何かしらないんだから~~~~。」


家を飛び出す彩香、
久しく見なかった全力ダッシュである。

当然前なんか見ていない、

彩香が走れば人に衝突する、

テクテクと歩いていた少年は悲劇である、
彼も前を見ていなかったらしくお互いに尻餅をつくような形で転んでいる。


「痛たた・・・。」


「あう~、すいません大丈夫ですかぁ~。」


「彩香、大丈夫だったか!」


「ん、私は平気だよ。」


「僕も平気です。すいませんぼーとしていたの・・・。」


黒髪黒服の少年は彩香を見て言葉を詰まらせた、
その瞳に映るものは、悲しみか喜びか。


「えっと、すいませんが名前教えて貰えませんか?」


「俺は雪村蒼弥、君と衝突したのは藤崎彩香。」


「なんで蒼くんが答えるの~?」


「責任の発端は俺にあるからな、治療費とか出すなら俺だろ?」


「大丈夫です。教えてくれてありがとうございました。」


「あぅ~、蒼くん時計見て時計~。」


「む、かなりヤバイな走らなきゃ間に合わないぞ。」


もう一度その少年に大丈夫なのか確認を取ったあと、
俺たちは学園にむかって走り出した。





                          「やっと、見つけた・・・・・・・綾。」



チャイムはとうの昔に鳴っている。
ならばなぜ我々は走るのか、
それは信じているからだ、
あの担任はまだ教室に現れていないと。



「蒼くん~、私もう疲れちゃったよ~。」


「もう学校見えてるんだから何も言わずに走れ!」



教室の扉を無言で開ける。


「ほら、やっぱり来てなかっただろ彩香。」


「よう、蒼弥。一つ聞いていいか?」


「朝からどうした裕太?」


「美人であんにょいな感じのおねえさんを飼い始めたって本当なのか~~~~~~~~~~!!!」


いきなり叫びだす裕太。


「うわ、なんだその根も葉もない噂は! 誰だそんなこと言い出したのは?」


「はい、私。」


「倉本かよ!」


「ソノラさんの件の言い逃れちゃんと出来るんでしょうね?」


「・・・えっと、その、遠い親戚、そう親戚ナンダッテ。」



誰の眼から見ても挙動不審、
その目線は明らかにうろうろと彷徨っている。



「おお~と、雪村選手、苦しい言い訳を持ち出したぁぁぁ~~。」


「・・・・・・・・・」


気が付けば倉本が目の前に居た。


「どしぃ。」


「ぐは!」


「ノーモーションからのボディーブロ~、効いている、雪村が崩れ落ちました。」


「3」


「2」


「1」


「雪村立てない、ここで試合に決着がついたぁぁ~、そして噂は真実っぽい、
 どうするクラスの男子諸君。」


悪乗りした裕太はどこからか持ってきたマイクを手に絶叫する。



「「「「「「「「「「      抹殺。     」」」」」」」」」」」


「満場一致っで抹殺が決定されたぁぁ~。」


「はいはい、逆恨みはモテないぞ、席に着け男子一同。」


いつの間にか教室に現れた河上先生。


「「「「「「「「「「 わかりました先生。   」」」」」」」」」」」


「それからそこに転がってる雪村を誰か保健室に放り込んどけ、以上。」


それだけ言うと茶髪と丈の長めのスーツを翻して教室を去った。


「ふ~蒼くんのお家って、学校から遠い~。」


「ん、今なんか言わなかった藤崎さん?」


「何でもないよ倉本ちゃん。」


「ふ~ん。」


                              「ほら、大丈夫か蒼弥。」


                              「裕太、俺はもう駄目だ。」


                              「弱音を吐くな、師匠が悲しむ。」
 
                             
                              「師匠って誰だよ・・・」  



裕太の肩を借りて保健室に辿り着き、真っ白に燃え尽きる蒼弥、
彼は疲れていた、
そのまま泥のように眠り込み昼まで起きなかった。   



「あ、ご主人様ったらお弁当忘れて行ったんだね、お昼になったら届けにいかなきゃ。」



そして無常にも昼時を告げる鐘が鳴る。

ソノラ来襲。         







「ちょっとそこ行くお嬢さん、雪村蒼弥の教室を教えてくれないかい?」


「えっと、私ですか?」      (うわ~、綺麗な人~、細い~。) 


呼び止めたのはソノラ、
呼び止められたのは麻理奈、
自主的に昼練を行う彼女はちょうど校門にいたのだった。


「先輩の教室は2-Bです。何かご用事ですか? 」


「どうも彼はそそっかしくてね、お弁当を忘れていったので届けにきたんだよ」


「はぁ、お弁当ですか・・・。」     (え、それってまさか・・・)   


「ありがとう親切なお嬢さん、私はこれで。」 


ソノラは恭しく一礼すると颯爽と校舎の中に入っていった、
後には冬の風に吹かれたまま硬直する麻理奈だけが残った。



悠々と校舎内を闊歩するソノラ、


「2-B、2-B、階段を上がってすぐだね~♪」


ちゃくちゃくと危機は接近している。



2-B


「う~、う~。」


「蒼弥、昼飯がないのはわかった、そう唸るな。」


不機嫌そうに机に体を投げ出していた蒼弥。


「腹が痛い、飯とか思い出させるな、なんだか腹に響く。」


隣でもしゃもしゃとピザまんを貪っている裕太。


「お前それどこで買ってきたんだよ。」


「朝、コンビニで衝動買いした、冷めてていい感じだぞ。」


裕太が食べかけのピザまんを差し出す、


「・・・いらない。」


「そうか。無理に食えとは言わん。」


やる気なさげに残りを食べ始める裕太、


「そんなご主人様にお弁当。」


蒼弥の頭に弁当の包みを乗せるソノラ。
教室中がざわめいている、
                             
                              「あれが噂の雪村の恋人か?」 
                                
                              「朝は飼ってるとか言ってたよな。」

                              「・・・・・・・」
 
                              「今日から奴はエロキングだ。」
                                
                              「インモラル雪村。」



納得できない陰口はとりあえずスルーだ。

                               
「そ、ソノラ、何で?」


「頭の上の物を玄関に忘れていったんじゃないか、気が付かなかったのかい?」


次第に増える見物人、
隣のクラスにも話は広がっているのだろうか、
その増加ペースは異常とも言えた。


                              「インモラルキング蒼弥。」

                              「雪村蒼弥許すまじ・・・」

                              「蒼弥くんがそんな人だったなんて。」




「そうか、とりあえずありがとう、じゃあ用事は済んだんだし・・・」


「ああ、ご主人様に邪険にされた、とっても悲しいよ。」



                              「うわ、ご主人様だって。」

                              「雪村が呼ばせてんだってよ。」

                              「私もう男の人なんて信じない・・・」



・・・クラスメートB、後で殴り倒す。


                              「俺だけかよ!」


    
「そうだな、せっかく来たんだしどっかで一緒に食べようか。」


一刻も早くこの場を去らないとな、


「屋上行こう、屋上。」


目線で合図を送ろうとしたら裕太は呆けていた、
かぶりついた二個目のピザまんもそのままに固まっていた。


「ちっ、」


「ほらほら、どけどけ。」 


廊下に集まりだした野郎どもを蹴散らしながら進む、
ぴったり後ろにはソノラが付き従っている。


「美人だ・・・。」


裕太のつぶやきは群集のざわめきにかき消された。




「あああ、絶対あとで倉本に殴られる・・・」


「ふむ、ご主人様をぽんぽん殴られても困る、あとで教育しようかな?」


「却下。」


「ご主人様がそう言うなら我慢するよ。」



箸を取り、卵焼きを蒼弥の口元に運ぶソノラ。


「はい、あーん。」


「え~と、普通に食べたいん・・「彩香嬢に教えてもらったんだよ♪」・・・」


「・・・・・・・・・・」


わかりました、美味しく頂きましょう、
ですからその無言のプレッシャーは勘弁してください。


「何かがこの学校には蠢いているね、そろそろ『孵化』も始まりそうだよ。」


立ち上がり校庭を見つめながらソノラは言う、


「あなたは感じないのかい? この濃密な臭気、ぬるぬるとした不快な匂いと質感、
 暖かい血の流れる音が。」


それは幻覚か幻想か、

急な吐き気と眩暈を感じた、

まるで血の海に投げ落とされたような急激な感覚の変化、

ここはまるで『何か』の胎内、

産み落とされる前の強大な存在、

死すべきものから発生する生、

矛盾限界点。


「そうか、ここだったのか・・・」


「まさにここだね、そしてもう魔方陣を削り取って終わるような段階じゃない。」


「・・・殺すさ。」


「ご主人様かっこいい♪」


予鈴が辺りに鳴り響く、


「ああ、もうお終いか、もっとご主人様と話したかった。」


「別に家ならいつでも話せるだろ。」


「わかってないなぁ、・・・とりあえずソノラは帰るよ。」


腰に手を当てたまま、つかつかと校庭と反対側のフェンスまで歩いたソノラは

そのまま一歩も踏み切らずに、ふわりとフェンスを乗り越えた。


蒼弥はソノラが落ちているはずの場所を覗き込んだ、

そこには足跡すら付いてはいない。


「ああ、弁当ありがとう。」


それだけ言うと蒼弥は屋上を降りて教室に向かった。



5時間目

無言のプレッシャーとの戦いだったと言っていい、
彩香と倉本から発せられる殺気は恐ろしいものだった。
休み時間に弁明をさせられたが何とか解決したと思う。



6時間目、

赤い窓ガラス。

鼓動。

まだ夕焼けには早い、この景色に気が付いているのはおそらく俺だけだろう、
ソノラが言っていたことに偽りはない、確かに何かかがこの学園内に蠢き始めているのだ。


気が付けばチャイムが鳴っていた、


「蒼弥~、今日は部活出てもらうからね、もうすぐ地区予選の選考会だって始まるんだから。」


「・・・ああ。」


「ん、ほんとに聞いてる? 私の言ったこと言ってみなさい、一言一句間違わずに。」


「悪かった、しっかり聞くから拳を下ろしてくれ。」


「今日、サボったら殴る。」


「了解致しました。」


倉本の小言を聞くよりは道場で射込みをしたほうが有意義だろう。

蒼弥は駆け足でロッカーに向かった、
倉本が怖かったわけではない、
赤い夕焼けのせいでもない、
恐ろしいのはこの衝動だ。
ちりちりと喉を焼く焦燥感、『狩り』を求めるココロ。


そして狩人は夜を待つ、ただ衝動の赴くままに。




「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」


少年は夜の校舎を逃げる。
 
――――――――――――――ソレは突然現れた。


本来、敵対する者を寄せ付けすらしないはずの結界はいつの間にか破られていた、
対魔、対物を基本に置く護身結界すら貫くあの『漆黒の矢』はいったい何だと言うのか。


「はぁ、まだ、死ぬわけには、いかないんだ!」


姿は見えない。

ただの暗闇から次々に『矢』は襲い掛かってくる、

足音すら聞こえない。

もしこれが夢であればと少年は幻想する、

ただ恐ろしい。

立ち止まればその瞬間に逃れ得ぬ『死』、

少年を掠めた『矢』が窓硝子を抜け机を貫き床に着弾する、

細く円形にくりぬかれた矢道がその威力を物語る。


「…綾、もうすぐ、もうすぐ君にもう一度会えるんだ。」


魔術師は逃げる、己の希望の灯火を抱き。













「・・・・・・・・・・・。」


雪村蒼弥は二百八十七本目の矢を番えていた。

赤い血が滴る黒弓はその真の姿を晒し、

弓の持つ全ての『目』がきょろきょろと標的を探している。

校舎に向けて水平に打ち出したはずの『矢』はまるでそれ自体が意思を持っているように

その軌道を動物的に曲げ、校舎の窓の僅かな隙間から音もなく魔術師に忍び寄る、

二十四本目の矢がかわされ右斜め上の『目』の一つが瞬きをした。















「っぐ!」


右足を掠めた矢によってバランスを崩した魔術師は転がるように廊下を曲がった。

だが、

その一瞬の静止が『矢』に与えた時間的猶予はあまりにも大きかった、

彼の左手を捉えた『矢』は容易に彼の体を浮かし、

その体を壁に貼り付けにした。


「うぁ!」


次々と殺到する『矢』を回避する手段は既になく、

そして彼は決して避けられぬ運命を享受する。



 右手。

    右足。 

       左足。
 


縫い付けられていく手足。







痛みは無かった、ただ…    


「やっぱり僕には君に再び会うことは出来ないのかな…。 」


魔術師はただ妄信的に祈っていた、


「え? …そこに居たのかい綾。僕はずいぶん遠回りをしてたみたいだ。」


そして得た答えは誰にも穢される事はなく、


「愛してる…。」 


微笑みと共に魔術師は停止した。    



















かつかつと革靴が歩を進める音が響く、

雪村蒼弥は己が犯した大罪の原点の見据え、

膝立ちになった。

からり、と弓が落ちる音。



ソレは祈りか、両手は頭を掴み小さく震えている。

役目を果たした弓は体内に残った血液をゆっくりと吐き出し、

小さな小さな血溜まりを作る…

ソレは手向けの花に似ていた。























無言で家に戻った蒼弥をソノラは一杯のコーヒーと出迎えた、

そして彼が気絶する様に眠りに付くまで決して傍を離れなかった。

























持ち主の居なくなった魔法陣の上でくるくると少女は踊っていた。

あまりに美しく広がる髪は魔性の粋を集めたよう、

全てが完結したその空間の中で、

彼女の紅い瞳だけが輝きを放ち続けていた。








PR
≪  18  16  15  12  11  10  9  8  7  6  5  ≫
HOME
Comment
この記事にコメントする
お名前:
URL:
メール:
文字色:  
タイトル:
コメント:
パス:
Trackback
この記事にトラックバックする:
≪  18  16  15  12  11  10  9  8  7  6  5  ≫
HOME
忍者ブログ [PR]